安房の旅総集編

神社参拝

安房・千葉県館山への旅

なぜか遠いイメージがある館山ですが、実は新宿から高速バスがでていて、二時間でついてしまうのです。

館山駅までいったら路線バスか、タクシー、レンタカーを利用して移動します。

とりあえず地図

こちらがアメブロに載せた記事です。

『館山・手力雄神社』
安房、忌部氏に関連する神社です。 ご祭神はおそらく忌部氏の誰かなのではと思っています。 ここが入口結構階段を上ります。立派な鳥居林道の奥になります。なぜか全開…

このあたりはお祭りがとても盛んな感じがします。

館山の祭り(たてやまんまち)
館山の祭りは13地区8社の合同祭礼として行われ、神輿7基・御船2基・山車4基がそれぞれの地区から出祭しています。1日目は神輿が、2日目には山車とお船が館山神社に入祭し多くの人で賑わいます。

年々やはり高齢化の波で、お神輿を担ぐのがしんどいという地元の声もあります。

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忌部一族のこと

そして古代、この房総に上陸し、開拓をした忌部一族。

このあたりの神社のご祭神は、忌部一族や祖神をおまつりしています。

陽気な頼もしい感じの神様がたくさんいらっしゃいます。

何しろ産業を興していった一族をおまつりしているので、安房神社のように日本三大金運神社と言われたりしているのです。

ものづくりの神様でもあるので、何か手作りをされているとか、クリエイティブにお仕事をされている方もお参りされるといいと思います。

Wikiより

『古語拾遺』(大同2年(807年)成立)[原 11]や『先代旧事本紀』[原 12]の説話によれば、忌部氏遠祖の天富命(天太玉命の孫)は各地の斎部を率いて種々の祭祀具を作っていたが、さらに良い土地を求めようと阿波の斎部を率いて東に赴き、そこに麻(アサ)・穀(カジノキ)を植えたという[5][6]。

同書では続けて、天富命が植えた麻が良く育ったのでその地を「総国(ふさのくに)」というようになり、また穀の木が育った地を「結城郡」というようになったとし(分注に、麻は「総(ふさ)」の古語とし、また上総国・下総国の2国がこれにあたるとする)、阿波斎部が移住した地は「安房郡」と名付けられたとする(分注に、これが安房国の国名になったとする)。また、同地には「太玉命社」を建てられ、これが「安房社」(現在の安房神社(千葉県館山市)に比定)にあたり、その神戸(神社付属の民戸)には斎部氏があるとも伝えている

天富命は、忌部一族を率いてこの房総に上陸し、そしてここは安房と呼ばれるようになったのです。

大元は四国の阿波なんです。

そこから各地に移動しているのですね、忌部一族は。

そして夢に地図が現れました。

ここで話しています。

わかりやすく地名入りですが、実際は黒塗りの地図で、赤い線と〇が書かれていました。

四国の形だとすぐにわかりました。

そして線の一方は高松に伸びていて、もう一方は徳島県の鳴門ですね、そこに赤い丸がしてありました。

わかりやすく地名入りですが、実際は影のみです。

ピンポイントで鳴門に〇が・・・・。

ちうね
ちうね

要するにここへ来いということなのね~

それですぐに主人にこの話をしましたら、鳴門への旅を考えていたところだと言われました。

でもどうしようかなという感じではあったのですが、ダメ押しで徳島への旅が決定しました。

安房から阿波へ、謎解きの旅は続きます。

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