吉備真備と恋愛感情を逆撫でした恵美押勝の乱

古代史

吉備真備は謎の多い人

吉備真備は歴史では習うし、名前もなんとなく聞いたことがあるけれども、どんな人なのか全くわからないという方が多いのではないでしょうか。

地味な感じですからね。

いつの時代の人かもあやふやかもしれません。

吉備真備生誕 持統天皇9年(695年)

死没 宝亀6年10月2日(775年11月3日)

奈良時代の人ですね。

賀茂一族の祖であると言われています。

いったい何をして、どんな人だったのか・・・

遣唐使を2回もやった。

群を抜いて頭が良かった。

阿倍仲麻呂とは仲良し。

学者の家柄では珍しく右大臣になった。

陰陽道の第一人者だった。

簡単に言うとこんな感じなのです。

やっぱ地味かもね。

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吉備真備の活躍と失脚

とにかく幼いころから大変頭がよく、遣唐使に選ばれると言うことは当時のずはぬけて優秀と認められた人なわけですから、それを2回も行っているというすごい人なのです。

優秀でしかも人間的な魅力にあふれた人だったために、聖武天皇から大変可愛がられ、異例の出世をいたします。

当時はいくら優秀でも家柄がよくないと大臣にまではなれない時代です。

藤原氏や大伴氏などが幅を利かせていましたし、貴族ではない学者の家の者が右大臣にまでなるというのは。とても珍しいことです。

2回目の遣唐使のときに、唐の高僧・鑑真を連れて帰ってくるという重大なミッションを成し遂げました。

鑑真は5回もの渡航に失敗し、その過酷な試練で目も見えなくなっていましたが、なんとか日本にお迎えすることができたのです。

この鑑真を招くことにより、聖武天皇の考える仏教で国民の心をひとつにまとめる国策が完成したのです。

吉備真備は栄達をほしいままにしますが、それを快く思わない恵美押勝(藤原恵美朝臣押勝)により失脚させられてしまいます。

その後孝謙上皇とその寵愛を受けた怪僧・道鏡と恵美押勝の対立により、恵美押勝の乱がおきます。

それとともに吉備真備の立場も良くなっていきます。

どちらかと言えば、恵美押勝と対立する道鏡側の人間ですから、道鏡の御威光に逆らうことができなかったのではないでしょうか。

そんなこともあって、この怪僧道鏡を野放しにした吉備真備の評価が、後世下がっている一因となっています。

恵美押勝の乱は恋愛感情を逆撫でした

これは恵美押勝の本名である藤原仲麻呂の乱とも言われています。

天平宝字7年(763)、恵美押勝と孝謙上皇&道鏡の対立は泥沼になっていました。

そしてついに恵美押勝側の役人たちが島流しにされる事件が起きます。

この根本の原因はなんなのか。

それは道鏡という僧侶にメロメロになって入れあげている孝謙上皇(女性)、そして調子に乗っている道鏡を恵美押勝側が諫めたことです。

恋する女は誰にも止められないのです。

孝謙上皇はぶちぎれてしまったのです。

これが火種となり、恵美押勝の乱という最悪の事態が起こります。

恵美押勝軍孝謙上皇軍
淳 仁天皇

船親王

池田親王ら皇族

藤原巨勢麻呂ら、藤原氏など。

 

道鏡

最高軍事司令・吉備真備

坂上苅田麻呂

陰陽師の大津大浦など

 

吉備真備はこのときにすでに70歳になっていましたが、唐から孫氏の兵法を学び軍事に長けていたことと頭の良さを買われ、孝謙上皇のお召しにより最高司令官として迎えられます。

軍を掌握していたのはこのときに右大臣であった恵美押勝のほうなのですが、やはり吉備真備の軍師ぶりにはかないませんでした。

とにかく恵美押勝は動きを全部読まれて、奇門遁甲のごとく封じられ、あっという間に壊滅してしまうのです。

この戦乱中に、恵美押勝の家に隕石が激突するなど、信じられない出来事も起きています。

当時は陰陽道が全ての時代でしたから、家に隕石が落下するなどというのはとてつもなく恐ろしい凶兆です。

そしてその凶兆の通りに恵美押勝は妻子ともども斬り殺されてしまいます。

当時、唐で最新の学問を学び、陰陽道にも通じていた吉備真備、この人がいたことで勝敗は決まったとも言えます。

奈良時代に起きた宇宙での異変

実は西暦775年に宇宙環境の大変動が起きていたという研究結果が、2012年にでているんです。
https://scienceportal.jst.go.jp/news/newsflash_review/newsflash/2012/06/20120605_01.html 

西暦774年から775年にかけて宇宙線が急増して大気中に炭素14を生成し、その後の炭素循環によって減衰していったとみられるが、なぜかこの変化は、1960年ごろに行われた大気圏内での核爆発実験による大気中炭素14の変化と同様な形をしているという。

スーパーフレアの可能性ですね。

要するに774年ごろに超新星爆発か、太陽表面で巨大な爆発が起きたのかもしれないのです。

恵美押勝の乱から10年たっています。

どうなんでしょうか、関係あるのかどうかはわかりません。

ただこの当時の歴史書などに、そういった異変があったという記述がないそうなんです。

スーパーフレアがあれば記録されていてもおかしくはないのですが。

2018/04/23日の記事では恐ろしい発表がありました。

太陽の巨大爆発に現実味 「スーパーフレア」甚大な被害懸念 (1/3)

屋久杉を切って調べたら、奈良時代の775年と平安時代の994年にスーパーフレアが起きたという証拠がでたわけですね。

柴田一成教授(宇宙物理学)は1000年周期でスーパーフレアが起きるのではと指摘しています。

もう1000年周期に入っていますね。

もしも現代でスーパーフレアが起きたらどうなるのか。

大規模な停電と通信障害がおき、人工衛星はぶっ壊れるそうです。

停電してネットも使えないとしたら、ひどい状況になることが予想されます。

おっ、奈良時代や平安時代ではろうそくの明かりで生活していましたし、ネットなんかもありませんから、停電とか通信障害とか関係ありませんね。

だからスーパーフレアが起きていても、気が付かなかったのかもしれないね。

さあ、そしてこの後、孝謙上皇&道鏡の独裁体制、そして前代未聞の宇佐八幡宮インチキご神託事件へと発展していくのです。

 

 

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